徒然

誰も見なくていい日記

月日

一ヶ月が経つ。
あの日から。

結局、なんとかかんとか普段の日常を取り戻そうと必死で、余裕はあまりない。
自分のことを考えたり、人のことを考えたりするが、100パーのクオリティでもなんでもない。

四十九日までは悲しんでいいと聞いたので毎日思い出して後悔して泣いてまた朝になったらご飯を用意して虚無感を見ないふりして楽しい気持ちを表にして手を合わせてる。

私はそんな生き方をこれからもするらしい。
まぁ、ここまで年齢を重ねてしまうとガラリと変えることがどれほど難しく固い脳みそになったかがわかる。

みんな誰しも思うことはあって、それがプラスなのかマイナスなのか、怒りなのか悔しさなのか悲しさなのか。
多分全部なのかもしれないけど、前を向いて生きていかないと、のしょーもない偽善はある。
J-POPの歌詞じゃないんだからさ。

この解釈が合っててこの解釈は間違ってるとか、その考えは違うとか、そういうのはほんとになくて、むしろ人の死を弔うと同時にそんなたかだか数年生きてるだけのやつからカテゴライズされるようなものなのかが不思議だ。

あまりに大層な話なことを理解すればするほど、実感が湧くから、寂しくなるから、会いたくなるから、無理して現実を見てる感じを装ってカテゴライズしたいだけだ。

死ぬなんて、簡単に見えて難しい。
残された側の人の気持ちも、先立った人の気持ちも、全部分からなくて、無理して分からなくていい