徒然

誰も見なくていい日記

嫌々

4月です

妙に寒くて桜も見れず普通に過ごして東京では雪が降って世界的規模な話は収まらずにいる4月です。

推しはメンバーのために頭を下げた、数日前にはそのメンバーは推しの誕生日を祝ってくれた、他メンバーのボケまで突っ込んでくれた、少ししたらレギュラーとCMが決まった、その次の日には推しはメンバーのために頭を下げた。

数日後にはYouTubeでその子たちの動画を見てた。
なんもなく、なんの感情もなく垂れ流していた。
歌って踊ってる、普通の動画。

優しく笑うそのメンバー、懐かしいとも思った。
自粛が出てまだそこまで日は経ってないとしても恋しいと思った。

人の都合の良さとはかなり面白いもので、楽しい時こそ早く過ぎ、辛い時は遅く感じるらしい。
今は楽しくもなんともないのに、自粛して数ヶ月も経ったような気になっている。

自粛したメンバーを推してた身内は知らぬ存ぜぬだ。
「もう自分に他の人を推させないでくれ」と門前払いされた。

正しいなと思う。

馬鹿みたいに色んなグループを推して、あれが良かったこれが良かった楽しかった辛かったここが好きだった嫌いだった、なんでも品定めして、どれが良くても色んなことはおきるのが必然なのに、安定をいつまでも求めて。

やっと安定かも、と落ち着きたくても落ち着かなくて、馬鹿みてえだなと。

誰かを推すことがもう合わないともう一人の自分が宥めてるのにぜんぶ適当に返事して今がある。

間違ってるなと思う。

でも楽しい時間がいっぱいありすぎて、捨てきれないのも事実。
推しがいるから出来たことが多すぎて、今から生きれなさそうとも思う。
推しが原動力なんです。って、ほんとは全然嘘じゃないんだよなって最近ひしひし思う。

こっちのグループでは脱退したメンバーを脳裏に描いて涙を流した推しがいる。
もうひとつのグループでは不祥事を起こしたメンバーのためにテレビ内で頭を下げた推しがいる。

推さなきゃよかったのかもと不安になるのにね、なぜか推しててよかったがいつまでも上回るから私の人生ではそれが普通らしい。

そう言えば、人生何があるかわかんねえな、がポリシーだったな、と思い出せたのも推しがいたおかげ。